第十八話 真澄浅虫温泉で湯治する

浅虫温泉のような歴史はないが、平内町には「よごしやま温泉」がある。
近くには夜越山森林公園(洋ラン・サボテン園)や夜越山スキー場、オートキャンプ場もあり、家族レジャーに最適な場所である。
「日本の渚百選」に認定されている「椿山海水浴場」からは美しい陸奥湾の海が望める。
夏泊半島は四季を通じて楽しめるエリアである。

□神石「オコリ石」
『ホタテ広場』がある土屋地区の海岸に、高さ2.5mほどの突出した自然石があるらしい。
らしいと書くのは筆者の目で石を確認できなかったからだ。
地元では「オコリ石」と言い、村人がオコリ病(マラリアに似た熱病)にかかったときは、この石の頭にワラのはち巻きをしてやると、きっと治してくれると信じられていた。
童病(わらわやみ)とも言われ、「源氏物語」の「若紫」で“光源氏が童病をお患いになって、いろいろと禁厭(まじない)や加持などをなさいますけれども、その験(しるし)がなくて、たびたび発作に悩んでいらっしゃいます”と書いている。
平安時代からの歴史的な流行病を、簡単にはね除ける霊験あらたかな石だ。
その霊験は病を鎮めだけではない。
沖に難破船があると、石の頂に灯火が現われて船の目標になり、よく危難を救ったという万能の神石なのだ。
様々なウイルスに晒されている今こそ、必要な「神石」であり遥拝したい石である。
□真澄浅虫温泉で湯治する
ようやく浅虫の湯治場が見えるところまでやってきた。
浅虫に入ると荷駄の馬、人が楽々と往来できている。
――さすが浅虫温泉じゃ、よぐ賑わっておる
「浅虫は黶虫でしゃべって痣のある蛇住んであったはんでどが、湯船で麻蒸すたはんでどのしゃべり伝えがあるが、なんだもんだら」
と湯治場にいた地元のものが言った。
煮坪と呼ばれる高温の源泉が湧出していて、育てた麻を夏に収穫し、それを煮坪に浸すと短い間に蒸しあがったようだ。どうやら普通に考えれば「麻蒸」が地名の元だろう。「浅虫」に改めたのは何度も火災が起きたことを改めるためとの伝承がある。
「ここは湯船はいぐづあるんじゃ」と湯船の数を真澄は問う。
「そりゃあ数ある温泉地ある中で、こごは一番湯船がありますじゃ」と自慢げに答えた。
浅虫温泉は平安時代の貞観18年(876)に、慈覚大師円仁が発見したとされる。当時は麻を蒸すことにのみ温泉が使われていたが、建久元年(1190)に法然(浄土宗の開祖)が、この地を訪れて温泉への入浴を奨めたという開湯830年を越える由緒ある温泉郷である。
真澄はようやく歩みを止め、浅虫温泉で半月ほど滞在し湯あみを愉しんだ。
この浅虫温泉が全国ブランドになるのは、明治以降に太宰治や棟方志功など青森の超有名人が定宿として湯治したことが大きいと思える。