第二十四話ねぶたと土着信仰

風の音、波の音、吹雪の音、ねぶたの音、民謡の音、津軽三味線・・・。
津軽じょんがら、津軽おはら、津軽よされ、津軽あいや、津軽三下りの津軽五大民謡、津軽民謡は2000以上ある。これほど多様で多くの音が残る地域はない。
どれも不思議な「ざわめき」を感じる津軽独特の土着したメロディーだ。

□ラッセ・ラの二拍子リズム
作家の五木寛之は英語のジプシーは、フランス語の「ツィガン」であり、それがなまり「ツガル(津軽)」になった。そのジプシーがユーラシア中央から各地に散り、スペインに到達してジプシー音楽からフラメンコギターが生まれ、ツガルに到達したジプシーから津軽三味線が生まれた。だからフラメンコギターと津軽三味線は兄弟であるとの説を述べた。平内町と縁が深い高橋竹山が、フラメンコギター奏者なんて夢想すると不思議な感覚になる。
「ねぶた祭」のラッセ・ラの二拍子リズムと飛び跳ねる「ハネト」も国内では特殊である。スイスのチロル地方には、多神を象徴する仮面と仮装で飛び跳ね踊る「ヴァンベラーライテン」という祭がある。仮面は別としてハネトと同じ「飛び跳ねる」行為が重要だ。
そう言えば津軽今別町に伝わる「荒馬(あらま)」祭も男女が元気に飛び跳ねる。江戸時代からの祭とされているが、文献が無いためそれ以上遡れないだけだ。
日本の舞は基本的に能に見るように摺り足と回転であり、飛び跳ねる舞は無い。日本人の歩き方は相撲の摺り足は別として天皇家の祀り事や神社の神事も摺り足が基本形である。
□ねぶたと土着信仰
ねぶたの語源である『ねむり流し』は、夏になると眠くなるから良く働けない。ゆえに「睡魔を流す」という風習で「眠り」を戒めたと言う柳田国男説が一般的に流布し定着した。
ところが「眠らない」という風習は、もっと古い『庚申様信仰』がある。現に秋田や青森は庚申様信仰が盛んで「庚申塚」を各所で目にする。
庚申信仰は中国の道教の教えで、古くは平安時代まで遡りますが急速に広まったのは江戸時代である。
人間の頭と腹と足に三尸(さんし)の虫がおり、常に人の悪事を監視していて、庚申の日の夜中に体を抜けだし天帝に報告する。天帝はその罪状により寿命を縮めたり、死後に三悪道に堕とすと、言われる伝説だ。このため人々は村の祠に夕方から集まり、一晩寝ないで過ごし虫が出てこないようにするという風習となった。
「ねぶた」は中国から伝わり全国へ伝播した七夕(星祭り)に死病除けの風習が合体し、さらに蘇民将来(汚れを祓う)や虫送り(火祭り)、五穀豊穣(麦わら祭り)が加わって地方独自の祭りとして進化したと考えるのが妥当であろう。
真澄が下北で採取した囃子言葉に至っては、「疱瘡(ほうそう)」除けの呪文で「ねぶたも流れろ 豆は止まれ・・・」と合歓(ねむ)の木や葉を流しており、全国的に流行した眠り流し行事の囃子詞と同様である。
青森にはアイヌ民族がたくさん住んでいたことや、蝦夷との交流や物流が盛んであった。アイヌの方々が付けたと思われる地名があり、真澄はその地名に漢字を当てはめている。ゆえにアイヌ語で「nep(ネプ)」(何)という単語があり「ネプタ」となると「何やら・・・」となるそうで何やら奇妙奇天烈である。当然アイヌの言葉や風習を見聞きする機会は多々あり、文化的な繋がりも深かったと考えて不思議ではない。